第1章

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 玄関で注連縄の準備をしていた美嘉ばあは、雲一つない快晴の空にバキッと枯れた木の折れる音を聞いた。慌てて音のした方へ急いだ。玄関から左側へ繋がる庭だ。美嘉ばあが目にしたものは、地面に気絶した茶トラ猫と、一部歯が欠けたようになった庭から直接外へ出入り出来る木製の庭扉と、その欠けた部分から心配そうに猫を覗き込む男の顔だった。男は絞りかけの雑巾のように皺を顔に刻んで、今にも泣きそうな顔をしていた。「あらまあ」と美嘉ばあの一声に気付いた猫は、ずんぐりと起き上がり、大晦日の晴れ渡る空の下、何事もなかったかの如く、澄んだ空気と共に小さな庭を横切り、大掃除で全開にしてあった縁側から家の中に不格好に飛び上がった。動作自体が鈍いのか、恐らくは木製扉の上を歩いていて、その重い体重のせいで折れた扉ごと庭に墜落した痛手のせいなのか判断しかねるが、とにかく不格好だった。男の方はと言えば、動き出した猫を見て安心したのか、泣きながら笑っている。何が美嘉ばあを一番驚かせたかって、男の発した言葉の意味だった。 「風呂場に向かっています。あいつ、外から帰って来ると必ず風呂に入るんです」  美嘉ばあは思い出しては笑い、ズズズッとお茶を啜った。 「まさかと思って風呂場に行ってみたら、本当にそのまさかでね、風呂場の前に座ってビクとも動かないんだよ。だからね、幸君にも上がってもらって、薬缶でお湯を沸かしたんだけど、そりゃあもう、この図体だから、しまいにはとうとうお風呂にお湯を張ったのよ」 「すみません。あ、でも、洗い場でお湯を掛けてあげただけで、湯舟には入れてませんので」  当たり前だ! 「美来にも見せてあげたかったよ。ねえ、幸君」  なにが、ねえ、幸君だ。大晦日の一番風呂が猫って、あり得ないでしょ、フツー、と思うもののうっすらと笑いが込み上げてきて、美来は頬を引きつらせた。 「すみません、お騒がせして。お茶まで頂いて。これ頂いたら直ぐ帰ります」  チャーは炬燵の布団で丸くなっている。  そりゃ、風呂に入って唐揚げ食べたら眠たくもなるでしょうよ・・・。 「それで、幸君は西京大の理工の学生さんなんだって?優秀だねえ。なんてったって国立西京大だよ」  美嘉ばあが、台所から籠に山盛りのみかんを持ってきて炬燵の上に置いた。 「はい。三年生です。一年の頃からこの先のボロアパートに住んでます」
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