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「正直なところ、お金がなくなるのはもう仕方がないと思っていました。お父さまからいただいたカードさえ見つかれば、お財布がボロボロになっていても構わない…わたくしはそこまで思いつめていたのです」
「ふぁ、ふぁあ」
両手で挟まれたせいで唇が縦に開いている昭彦は、生返事さえまともにできない。
彼をそんな状態に追い込んだ張本人は、闇色の美しい瞳で彼を見つめながらさらに続けた。
「でもあなたはわたくしのお財布を拾って、親切にも交番に届けてくださった…そんなあなたが、どうしてそんなさみしげで悲しげなお顔をしていなければいけませんの?」
(ど、どうしてって言われても…)
「わたくしにとって、あなたは恩人なのです。それなのに、そのようなお顔のまま帰っていただいたのでは…このわたくし、一条 聖蘭(いちじょう せいら)の名に傷がついてしまいます」
聖蘭と名乗った女性はそう言うと、運転席へ顔を向けた。
黒いスーツを着た老人へ、鋭く声を飛ばす。
「君島!」
「かしこまりました」
名を呼ばれただけで主人が何を考えているのかわかるらしく、君島と呼ばれた老人は返事をするとゆったりとした動作でハンドルを切り始めた。
その後で、聖蘭は昭彦に視線を戻す。
「わたくしの全身全霊をもって、あなたを…いえ、あなたさまを笑顔にしてご覧にいれます」
そう言うと、彼女は手を下ろした。
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