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上司が言っていることそのものは、正しいように思えた。確かに、彼女と結婚を考えているこのタイミングで、会社を辞めてしまうわけにはいかなかった。
(…キツすぎる…でもここをやめたら、俺にはもう行くところがない……!)
持たざる者の視界は、追い詰められるほどに狭くなる。彼は結局、この会社で働き続けることを選んだ。
おびただしい量の仕事はまるで津波のように彼の生活を飲み込み、その精神を蝕んでいった。
「…だ、大丈夫…?」
2ヶ月ぶりに会った彼女は、そう尋ねずにはいられなかった。
前に会った時とはもはや別人と思えるほど、昭彦はやつれ果ててしまっていた。
「正直…もう死にそう」
彼は素直な気持ちを吐き出す。
それを聞いた彼女は、声を濁らせながらこんな言葉を返した。
「き、きっと…つらいのは、今だけだよ。だから…がんばろ?」
「……は?」
思わず、彼は訊き返していた。
彼女が何を言っているのか、わからなかった。
この時、昭彦にもう少し余裕があれば、彼だけでなく彼女も余裕を失くしていたことに気づけたかもしれない。
あまりにやつれてしまった彼に、どう言葉をかければいいのかわからなかったのだと理解できたかもしれない。彼女自身も複雑な事情を抱えていて、そんな時に今の彼を見て気が動転してしまったのかもしれないと、考えることができたかもしれない。
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