縁のポートレイト:暖色

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 そこまで深く考えられなくとも、ケンカという形でお互いのことを考え合うきっかけを作ることができたかもしれない。  だが、昭彦にそんな余裕はなかった。  ヘドロのような疲労とストレスが、これまで彼女と築き上げてきた何もかもを完膚なきまでに腐敗させ、跡形もなく溶かしてしまった。 (無理だ)  彼にはもう、投げ出すことしかできなかった。 (無理だ…なに言ってんだこいつ。無理だよなに言ってんだ)  今まで彼女に対して抱いてきた期待が、ここで失望と絶望に変わった。  もとは期待というひとつのものが、失望と絶望のふたつに砕かれてしまうほど、彼の心はぼろぼろになっていた。 (やっぱり俺には無理だったんだ。家族を養うために、あんな仕事をこなさなきゃいけないなんて…俺には無理だ。やっぱり俺には無理だったんだ)  昭彦は会社に行かなくなった。  彼女とも連絡を断った。  家にも帰らず、持っていた金でネットカフェを転々とした。  それでもいつ会社の人間や彼女が自分を探しに来るかもしれないと、ずっと怯えていた。 (みんな、みんな…俺を殺そうとしてる……!)  彼の中では、会社の人間と彼女が同列の存在になってしまっていた。  ネットカフェでの生活は10日ほど続いた。  だが10日目、彼は店の中で倒れてしまい、病院に担ぎ込まれることとなった。     
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