第十一話「Happy Birthday」

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 別世界のセレブな家に嫁ぐストレス、見知らぬ者達から好き勝手噂されるストレス、自分の至らなさを日々痛感するストレス、今の花衣はストレスまみれだった。  本当は、この部屋からも、一砥からも結婚からも逃げ出したい気分だった。  だがそれをすれば、自分が後で果てしなく後悔するとわかっているから、足が動かなかった。  重苦しい気分で、花衣はホテルのパジャマに着替えて浴室を出た。  一砥は窓辺に置かれた椅子の一つに腰掛け、ジャケットを脱ぎネクタイも外した格好で、窓の外を見つめていた。 「あの、お先にお風呂、いただきました……」 ためらいがちに声を掛けると、彼はただ「ああ」とだけ言った。  その素っ気なさにまた、花衣の胸がチクリと痛む。 「……食事は、どうする?」  問われて花衣は、一瞬押し黙った。  出来るなら辞退したかったが、亜利紗の家で食べたお菓子はとっくに消化され、正直言うとお腹が空いていた。 「あの、軽く、食べたいです……」  その返事を聞いて、一砥は目の前のテーブルに置いていた、ルームサービスのメニューを花衣に差し出した。 「好きな物を頼むといい。俺は、オードブルの盛り合わせとカベルネソーヴィニョンをグラスで頼む」 「わ、わかりました……」  花衣がメニューを受け取ると、一砥は立ち上がり、「俺も軽く汗を流してくる」と言って浴室に消えた。     
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