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右を向いたまま目を閉じていた花衣は、てっきりトイレで起きて再度寝直すだろうと思っていた相手が、ベッドに上がってゆっくりとこちらに近づいて来る気配を察し、驚いた。
一砥は膝を使って花衣のすぐ目の前に来ると、そっとその肩に手を置いた。
「花衣……」
静かに肩を揺すられて、我慢出来ずに花衣は目を開けた。
見慣れた穏やかな眼差しが、真っ直ぐに彼女に向けて注がれる。
「こんな夜中にすまない。だが、ちょっと起きてくれないか」
「一砥さん……」
戸惑いつつ、花衣は素直に身を起こした。
一砥は手に昼間つけていた腕時計を持っていた。
大学入学時に父親から贈られた日本製の高級時計で、十年以上、正確に時を刻み続けている。
形見でもあるその時計を見つめ、一砥はいきなりカウントダウンを始めた。
「十、……九、……八、……七……」
花衣は自然と、初めて彼とキスした日のことを思い出し、これから何が起こるのか想像もつかずに、ただ高鳴る胸を両手で押さえていた。
「……三、……二、……一」
カウントが終わり、一砥は視線を花衣に向け、微笑んだ。
「午前三時、五十五分だ。……花衣、誕生日おめでとう」
「え……」
驚く花衣に、一砥は少し悪戯っぽい笑みで言った。
「香奈さんに、君の正確な誕生時間を教えてもらった。香奈さんは今も、姪の母子手帳を大事に保管していてくれたよ」
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