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言外の言葉を汲み取って、一砥は「さあ、どうしてだろうな」と微笑んだ。
「わけもなく心惹かれる対象ってあるだろう。きっと君は俺にとってそういう存在なんだよ。意味もなく、愛しいんだ。愛しいから、笑顔が見たいと思う。愛しいから、側にいたいと思う。毎日声が聞きたいし、毎日会いたいし、いつだって触れ合っていたい。理由は、多分、俺が俺であること、君が君であること、ただそれだけなんだ」
「一砥さん……」
花衣はこれまで常に、愛に条件を付けられてきた。
母親には、常に優秀であれとプレッシャーを掛けられて来た。
父親には、実の娘でないからもう愛せないと言われた。
だが一砥は、花衣に何も求めない。
俺のパートナーとして相応しい振る舞いをしろとか、結婚するんだから社交界に馴染めとか、そんなことは一度も要求されたことはない。
今日みたいに、勝手にいじけて拗ねて、八つ当たり気味に振る舞っても、黙って心が落ち着くのを待っていてくれる。
「あまり、泣くな。可愛い顔が台無しだ」
ポロポロと、止めどなく溢れてくる花衣の涙を、一砥は指の背で優しく拭った。
「ごめんなさい……」
自力で涙を止められず、花衣がうつむいて詫びると、一砥はクスリと笑ってその頭を包むように抱き寄せた。
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