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 ところで母は所謂流行作家とは違うので多作ではない。それでも毎日必ず一定量を書くから出版した本はそれなりの冊数を数える。海外の作家と比較すれば多作といえるだろう。その上、書く話の内容が頭の中にいくらでも思い浮かぶようで、わたしが見る限り、母が小説の執筆に行き詰ったことは一度もない。母にとってはあるのかもしれないが、実の娘とはいえ、わたしには母の心の中まで覗けない。いや、母親に少しでも愛された娘ならば覗くことができるのかもしれないが……。  わたしが十四歳を過ぎる頃、母の身体に異変が起こる。父が不幸な事故で亡くなってからも十四年後。特定の病気になったというわけではなく、身体全体がゆっくりと衰弱し始める。その頃から、母のわたしに対する態度がきつくなる。五才年の離れた兄の世話を、わたしが僅かでもミスすると激しい叱責の言葉が飛ぶ。誰の遺伝子を継いだのか、わたしは先天的に要領が悪い。だからミスも多いが、そういう性格というものは治そうと思って治るものではない。だから、わたしは常に最善を尽くす。いつだって最善を尽くすしかないではないか。何故なら、ただの一度で良いから、わたしは母に褒められてみたいから……。母に、唯(ゆい)は良い子だ、と言って抱き絞めてもらいたいから……。母はわたしを愛していないが、どうやらわたしの方は母を愛しているらしい。一方通行の愛。  毎日の努力の甲斐もあり、わたしのミスは、やがてそれなりに減る。が、決してゼロにはならない。母がわたしに望むのは完璧な兄の介護者だ。わたしは十四歳のあのときから二十二歳になる現在まで毎日、母の叱責の言葉を聞き続け、過ごしている。
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