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振り上げた刃物が何度か宙を切る。
僕はかろうじてかわして最後の逃げ場を探した。
最後――いや運が悪きゃ最期の逃げ場かもしれない。
足の痛みをこらえて
それでも遠慮がちに妊婦の肩先を蹴り上げると。
「クァッ……!」
貴恵がよろめいてバランスを崩している間に
背後の手すりを跨いだ。
「あら?飛ぶの?」
体勢を立て直すと貴恵は挑発的に笑って
「下はコンクリートよ。痛っいわよー」
はるか下まで覗き込んだフリをする。
「2階だもの。死にはしないさ」
「そう?でも身体の骨がバラバラになるかも。叩きつけられて唯一の取り柄の顔も潰れるかもね?」
恐怖心を煽る言葉を並べ立て
再びナイフをきつく握り直した。
「構わないさ――あんたに嬲り者にされるぐらいなら」
どちらにしろ悲惨な結末を迎えるなら。
もうこれ以上考える必要はなさそうだ。
一か八か――飛び降りるしかない。
覚悟を決めて僕が階下を覗き込んだその時だ。
「和樹っ――!」
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