テンジクネズミ

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 ブラインド越しに薄明かりが差して、男は目を覚ました。気づかぬうちに、デスクに突っ伏したまま眠りこけてしまったようだ。側には、空になったコーヒー缶と栄養ドリンクの瓶が何本も転がっていた。  洗い流されることなく毛穴に溜まった皮脂と老廃物せいで、顔面と頭皮がひどく痒かった。頭を掻きむしり、爪の間に詰まった脂とフケの塊をデスクに弾き飛ばすと、男は作業を再開したが、満足な休眠が取れていない頭に焦燥が募るばかりで、複雑な見積もり資料の製作など碌に捗る訳もなかった。  程なく、朝一番で出勤してきた女子社員が事務所に入ってきた。彼女はしばらく思案げ立ち止まっていたが、やがて何も言わずに窓際に歩み寄り、ブラインドを上げて窓を開け放った。  真冬の外気が、夜通しの暖房と中年男の体臭で淀みきった事務所のなかに、ドッとなだれ込んできた。  さて、昼過ぎになっても、迫り来る二度目の締め切り時間を尻目に、見積もり資料は半分も出来上がっていなかった。  もはや、男の頭の中から、妻と娘のことなどはすっかり消え失せていた。  徐々に息切れを覚え、手足の痺れを感じはじめた。目をぎゅっと瞑ると、瞼の間から涙が滲み出てきた。  午後の三時を過ぎた頃だった。  期せずして、事務所の中に、  アーアー、クソックソッ、アーアー という声が響いたので、驚いた社員たちが声のする方へ目を向けると、そこには目を真っ赤に充血させ、歪んだ口を半開きにしたまま奇声を発し、キーボードに指を叩きつける男の姿があった。  アーアー、クソックソッ  アーッ、アーッ、クソッ  シネッー、シネッー  その後のことはよく覚えていないが、気がつけば男は寒空の下、一人立ち竦んでいた。  狂騒状態に陥った挙句に奇声を暴発させた後、同僚と上司が男の脇を抱え、応接用の部屋へと連れて行ってソファーに座らせた。程なくして、男の元へ女子社員がカバンとコートを渡しにきた。  掠れた涙声で、聞き取れぬ言葉を何度か発した後、鞄と丸めたコートを抱えたまま、男は転がり出るかのようにして、外へと飛び出したのであった。
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