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充血した眼を瞬きさせながら、男は相変わらず、朦朧としたまま歩みを続けていた。
いま、男の脳裏には、歩道脇の街路樹の枝にネクタイを引っ掛け、首を吊ってぶらぶらと揺れている自分の姿が思い浮かんでいた。連なる街路樹の一本一本に、首を吊ってぶらぶらと揺れている己の姿を妄想すると、不思議なことにほんの僅かに気持ちが和らぐのであった。
男の口元からは、渇いた口腔と荒れた胃腸が惹きおこす、臓物の腐ったような悪臭が漏れ出ていた。
不意に街路樹が途切れ、男の妄想は中断された。
そこは、市民公園の入り口であった。
もう陽も落ちかけ、あたりは一層寒さを増していた。公園に人影はなく、しんと静まり返っている。
公園の奥に繁る木立が、巨大なひとつの黒い塊のように見えた。男はふと、このまま家に戻ったところで妻も娘もいないことを思い出した。
白い息を弾ませながら、下校途中の小学生達が、歓声を上げながら男の横を駆け抜けて行った。
どのくらいそこに立ち止まっていただろうか。やがて男は、何かに引き込まれるかのようにして、公園へと足を踏み入れて行った。
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