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アカマツの木立が立ち並ぶ暗い遊歩道を通り過ぎると、動物小屋の点在する広場へと出た。
そこは市民の税金で賄われ、誰でも無料(ただ)で観覧することのできる、ごく小規模な動物園であった。おもに飼育されているのはヤギやらウサギやらといった小動物の類のものだが、それでも休日の昼間となれば、家族連れで賑わう場であった。
男もかつて、娘を連れて何度かこの公園に来たことがあった。獣と糞の臭いのため、男はこの動物園が嫌いだったが、娘が喜ぶので、娘を園内に放って自分はベンチに腰掛けたまま、携帯ゲームで暇を潰していたものだっいた。
今は薄闇の中、人ひとりの姿もない。
広場の中央には、周りを柵で巡らされた楕円形の窪地があった。窪地の端には、金網で囲われた簡素な小屋があり、茶色い獣が三匹、身を寄せ会うようにして潜んでいた。
それは、この些末な動物園の唯一の目玉とも言える、巨大なテンジクネズミの飼育舎であった。
大きさは柴犬程であろうか。しかし犬よりもずっと短足で、タワシのような茶色の剛毛が全身にびっしりと生えている。面長の顔の後ろ側面に、黒豆のような小さな眼がついていた。
そのとぼけた顔つきと滑稽な姿は、この場を訪れる人々の人気を呼んでいた。
日はとうにすっかりと暮れていた。小屋の前のベンチに腰掛け、男は焦点の定まらぬ眼で、隅の方で丸まっている獣の黒い影を眺めていた。
こいつらときたら、なんの役にも立たぬ、文字通りただの獣である。日長、干し草をもさもさと食み、腹が膨れれば糞を垂れ、昼間であろうが横になって眠る。たまに行水をしては、また眠る。何を生み出すこともなく、一日、一年、そして一生を終えていく。
それでいて、この園を訪れる皆から愛玩され、目を楽しませるのである。
男もあの小屋の中で、眠りたかった。眠って、朝が来たら出される餌を食い、また眠り、気が向けば水浴びをして、また眠れば良い。
平穏を犠牲にし、己が好き好んで求めた訳でもない義務や使命を果たす必要もない。ただ、そこに在るだけで、何らの責めをも受けることがないのだ…
気がつかぬうちに、男は睡眠の淵の奥底へと陥っていった。
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