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小屋の扉が開け放たれ、か弱い日差しが差し込んで来た。
三匹のテンジクネズミは、のそりのそりと小屋から這い出して行った。
男はと言えば、空腹のあまり立つこともままならず、小屋の金網の側で丸くなっていた。
もう三日も、ほとんど何も食べていなかった。
男には、中年を迎えた人間に特有な体臭がまだ残っているようで、それがテンジクネズミの敏感な嗅覚には著しい不快感を与えるらしく、洗濯桶の餌入れに近づこうとしてもボス的地位にあると思われる一匹に威嚇されるので、三匹が食事を終えて小屋の外へと出て行った後、桶の壁面にこびり付いた僅かな残渣物を舐めとることしかできない有様であった。
夜になると、三匹は身を寄せ合って寒さを凌いでいたが、男の体は冷え切っていた。冷気を避けて小屋の奥へと移動し、朝日が昇ると、僅かでも体温を上げようと、陽の当たる金網の側に移って寝そべるのが常となっていた。
ところが、こうした愍然たる境遇の中にあって、男の胸の内はどういう訳か、一種の安らぎを取り戻していた。
三匹のテンジクネズミは、元より男に関心を持っておらず、その体臭が届かぬ距離が保たれていれば不要な危害を加えようと試みることは無かった。
今や男はこの世界の何人からも切り離された存在となり、よもや会社や取引先の人間がこの薄汚い小屋の中まで押しかけてきて仕事の続きを急かすことなど考えられぬという至極の安堵を思うと、寒さや空腹も、苦行を極めた先に見る充足のようにすら感じられたのであった。
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