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今年の春から保育園に通い出した一人娘の早苗が流感に罹り、熱を出して寝込んでしまってから、かれこれ半月は経っていたであろうか。高熱は一週間程で落ち着いたが、咳と鼻水が残っているうちは登園を再開することができず、そのうち弱った体に日和見菌が感染したのか胃腸炎までも患い、四六時中、糞尿を水のように垂れ流すので、オムツ替えと汚物が染み込んだ衣類の洗濯を延々繰り返さなければならなかった。加えて、まだ皮膚の薄い娘の尻は下痢のために荒れて赤く腫れてしまい、痛みのためよく寝ることもできず、一日中泣いてばかりである…
懇々と妻が訴えるのを、男は布団の中で内心苛立ちながら聞き流していた。
男は社外の取引先を相手する、一介の営業マンであったが、その職を仔細なく遂行するには致命的な程に要領が悪く、にも関わらず慢性の人手不足に陥っている地方の零細会社においては、その職を解かれることもなく、寧ろ男が抱える案件は増える一方で、毎日のように上司からは叱言、取引先からは苦情を受けながら、深夜までパソコンに向き合いキーボードを叩いているのが常であった。
これは、要領の悪いことに加え、男がどんなに多忙であっても頼まれた仕事を断ることができない気弱な性格であり、ある意味真面目で使いやすい人間と会社では評価されている証でもあったが、そうした損な性分の皺寄せが、結婚して五年になる妻の身にのしかかっているのであった。
妻は娘が産まれたのをきっかけにそれまでの職場を辞したのだが、娘が保育園に通い出したタイミングで近所の建設会社でパート事務職員として働き出していた。しかし、夫婦共働きであるにも関わらず、娘が体調を崩すと会社を休んで看病するのは、常に妻の役回りになっていた。
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