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テンジクネズミ
街を貫くようにして伸びる大通りは、左右を建物に遮られ、逃げ場を失った木枯らしの吹き溜まりになっているようであった。
時折、自動車が勢いよく通りすぎると、轍の窪みに溜まった枯葉や土埃が巻き上げられ、吹き荒ぶ木枯らしがそれらを四方に撒き散らしていた。
土埃で薄汚れたコートに、枯葉の小屑をつけたまま、一人の男が、まるで頼りない足取りでとぼとぼ歩いていた。丈の長いコートに丸めた背中をすっぽりと包み、片手にぶら下げた鞄は力なく揺れている。
夕方ともなれば、会社帰りのサラリーマンや下校途中の子供達で混雑する大通りだが、まだその時間には少し早いのであろう、行き交う人影はまばらであった。
カランカランカラン、と乾いた音を立て、歩道の向こう側から空き缶が転がってきた。その甲高い音は、昨晩からの睡眠不足と、先程職場で来した恐慌のため、白痴状態に陥っている男の脳味噌を不快に振動させた。苛立ち紛れに右脚を蹴り上げると、空き缶はカコン、カコンと跳んでいった。
ふと我にかえり辺りを見渡すと、後方で杖をついた老人が、驚いたような表情を浮かべこちらを見つめている。
男は老人を一瞥すると、またぞろ蹌踉(よろ)めくような足取りで歩き始めた。
青白く浮腫んだ頬には、無精髭が疎らに生え、歪んだ口元は僅かに開き、虚ろな目は真っ赤に充血していた。
葉を落とした褐色の街路樹が、歩道に沿って真っ直ぐ、規則正しく立ち並んでいた。延々と続く街路樹の列は、歩き慣れているはずの家路を、果てしない長路のように感じさせた。
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