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「橋本は、体育得意?」
「うん、それなりには。」
「小学生の時から足早かったよな。」
2人で話す時、橋本くんは私のことを昔のように橋本と呼ぶ。
昔の癖が抜けず、中々私の今の苗字が出てこない橋本くんに、
私がそれでいいと言ったのだ。
前の名字で呼ばれるのは両親が離婚した中学生以来で、
正直変な気持ちになってしまうのだろう、そう思っていた。
けれど橋本くんに呼ばれると、
不思議と嫌な気持ちはしなくて。
「ねえ、初めて話した日のこと覚えてる?」
「なに急に。覚えてないよそんなの。」
「えー、俺は覚えてるけど。
すっごい冷たくて泣きそうだったんだから。」
橋本くんはそういっておどけて笑ってみせるから、
私も笑って謝る。
・・・本当は、覚えている。
最初からかわれるのが嫌で、
橋本くんと進んで話そうとしなかった私。
『お揃いだね。』
掃除終わりの空き教室。
たまたま2人きりになった私達。
絶対態度が悪かったのにも関わらず、
笑って私に声をかけてくれた橋本くん。
『橋本なんて沢山いるし。お揃いとかじゃないでしょ。』
突然のことに驚いて、少し恥ずかしくて、
そう冷たく返してしまった私に。
『それでもなんか嬉しいな、俺。』
彼はそういって少し照れくさそうに笑ったのだ。
なにそれ、そう言いつつもそんな彼に思わず笑ってしまって。
彼の言葉も、笑顔も、ホコリ臭い空き教室の匂いも、
風に揺れていた真っ赤な紅葉も、全て鮮明に覚えている。
きっとその記憶は、
これからも色褪せないのだろう。
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