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「ちょっと待てって!」 後ろから橋本くんの声が聞こえてくるけど、 無視して歩き続ける。 心の中も頭の中もぐちゃぐちゃで、 今、何か話したら全てが溢れてしまいそうだった。 必死で気持ちを落ち着けようと深呼吸をする。 ・・・けれど。 「おいっ・・!」 追いかけてきた彼に、腕を掴まれる。 その瞬間、落ち着けようとした気持ちはさらに暴れて。 「・・っ・・離して!」 必死に振りほどこうとするけど、 彼は私を離してはくれない。 「待てって・・!」 「やだっ・・!」 「なんで急に逃げんの!」 「っ・・別に逃げてなんかない!」 足を止めないままそう答える。 どう見たって逃げている。子供みたいな嘘だ、そんなの分かってる。 頭ではわかっているのに、心がついてこなくて。 「ねえ、足止めてって。」 「いや!!」 「なんでだよ、俺、なんかした?」 「っ・・」 「なあ、橋本・・」 躊躇うように呼ばれた私の名前に、 私の中の何かの鍵が外れた気がした。 「いっつも私だけだよね!」 「え・・?」 「小学校の時だって、引っ越す前何も教えてくれなかった!!」 「っ・・」 やめて、こんな子供みたいなこと言いたくない。 そう思っても言葉は止まらない。 感情が滝のように溢れ出してくる。 あんなに仲が良かったのに、何も教えてくれなかった。 当たり前に傍にいた人が急にいなくなった。 「先生に言われて初めて知って、その時にはもういなくて!」 「それはっ・・」 「今回だってそう!来月?私にとっては心の中がぐっちゃぐちゃになる事でも、 橋本くんには笑って言える事なんだもんね!」 足を止めても、顔を上げる事は出来なくて。 橋本くんにとって私はそのくらいの存在。 その時はっきり分ったはずなのに。 「両親が離婚する時、そりゃ悲しかったよ。お父さんもお母さんも大好きだったから。」 家族なのに離れて暮らさなきゃいけない事が悲しかった、悔しかった。 それなのに、一番最初に思ったことは、違った。 「お揃いじゃなくなっちゃうな、って思ったの。」 「っ・・」 「そんなこと考えたんだよ私。」 母親に離婚する、と告げられた時、 一番最初に頭に浮かんだのは名字の事だった。 私達が仲良くなったきっかけ、 私達を繋ぎとめてくれたもの。 「こんな時に何考えてんだって、バカみたいって自分で思った。」 その時、私は捨てたのだ。 自分の名字と一緒に。 ・・・橋本くんへの、気持ちも。
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