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「何故そうおっしゃるのですか」
実際彼女の言葉の意図が分からなかった。私をからかう為の嘘だと思った。先にあった通り、まだ彼女は初老だった。老衰で死ぬにはまだ早いように思えた。病気も有り得ない。先日、メディカルチェックで全検査がオールグリーンだったことを覚えている。全身健康そのものだ。
そんな彼女の何処に死に至る要素があるのか。
「私が冗談を言う性格でないことは分かっているでしょう?私は、確実に死にます。今この時から幾ばくか経てば」
その通りだ。彼女は真面目だ。比較対象が彼女以外に居ないが、私と比べたら彼女の方が真面目なくらいだ。
だが今回ばかりは、どうしても彼女の言葉を信じる気になれなかった。
「珍しく冗談を言う気になったのではありませんか?」
Elizabethはうっすら笑みを浮かべ、「いえ、冗談ではありませんよ、Gregory」と言った。
自らの死の運命を確信して曲げない彼女の態度を見ていると、やけに悲しくなった。それと同時に、これは冗談だといつまで経っても言ってくれない頑固な彼女に小さな苛立ちを覚えた。
「そうですか。では弔いの品を外で用意しておきます。では」と言って踵を返し、早歩きで我が家の出口へ向かった。
「Gregory」
そんな私を彼女は引き留めた。振り返りたくなかった。
「Gregory」
二度名前を呼ばれて、仕方なく私は振り向いた。視線が合わせづらかった。
「今の内にこれを渡しておきます」
そういって彼女は脇の棚の二段目からあるものを取り出した。それは首に掛けるようなネームカードだった。
それには彼女の名前"Elizabeth・C・Valentine" と、今はもう存在しない所属機関名、そして若かりし頃の彼女が写っていた。今と同じく後ろで結んだ髪は茶髪で、眼鏡は今のレンズが丸いものと違って、フレームやレンズは角のあるスマートなもので、正に科学者といった風貌だった。
「これはなんです、Elizabeth」
「私専用のカードキーです。今でも有効ですからこれを持っておきなさい」
"まぁ、そうだろう"と思った。だが私にこんなものを託して、何をさせようと言うのだろう。
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