破「必要な戦い」

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 ■■■  あの頃はいつも泣いていた。  五歳の頃。自らの心の弱さに対して自責を覚える事もなく、ひたすら嫌な事から逃げ続けた。  何故、自分は戦わなければならないんだ。  何故、陰陽師にならなければならないのか。  土御門(つちみかど)家に生まれた子にはその使命がある。責任がある。強くならなければならない。泣くな。前を見ろ。戦え。戦え。戦え。 「あんたいっつもべそかいてんだねぇ」  屋敷の中で、同じ年の頃の者たちからも意気地(いくじ)なしと笑われ、()けられていた中で、その少女は唯一、普通の友に接するように話しかけてきた。 「そんなに泣いてたら、干からびて(じい)様みたいになっちゃいそう。なんだっけ、ああいうの外国の方ではみ、み?」 「朱里(しゅり)。爺様は確かにヨボヨボだけどミイラではないよ?」  変わった少女だった。家中において、同年代の中でも随一の才能と目され、それでいて性格は自由奔放で恐れを知らず、誰に対しても分け隔てなく接する事のできる、そんな子どもだ。 「朱里(しゅり)、妖怪と戦うのが怖くないの?」  その頃の自分にとって、彼女の行動は自分とは真逆、恐れを知らない勇気を持った強い人間のものだと思っていた。事実、彼女は大人達の仕事にもついて行っていたし、実戦の場で結果を出していたからだ。だから、尋ねた。しかし、少女はあっけらかんとした様子で言い放った。 「え、怖いに決まってんじゃん」  朝餉(あさげ)の席で、かじっていたたくあんを思わず口からこぼした事を覚えている。常に笑顔を絶やさず、泣いている所など見たこともなかった朱里(しゅり)から、そんな言葉を聞くなど、自分の耳を疑った。 「嘘じゃないよ。私をバケモノか何かだと思ってない? 私は、私にできることをしてるだけ、それがお役目だっていうから。それにね、嫌な事から逃げて、皆が傷つくのが嫌なの。悪さする奴らは放っておくわけにはいかないでしょ?」  彼女の事を本気で尊敬した。その頃の自分には、彼女の振る舞いはまるで正義のヒーローのように目に焼き付いた。   「何でだよ!」  土砂降りの雨の中、オレは雨音にかき消されないように、全力で吠えていた。その瞳から大粒の涙を流しながら。 「何で僕なんて庇ったんだ! 朱里(しゅり)、目が!」  
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