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あの頃はいつも泣いていた。
五歳の頃。自らの心の弱さに対して自責を覚える事もなく、ひたすら嫌な事から逃げ続けた。
何故、自分は戦わなければならないんだ。
何故、陰陽師にならなければならないのか。
土御門家に生まれた子にはその使命がある。責任がある。強くならなければならない。泣くな。前を見ろ。戦え。戦え。戦え。
「あんたいっつもべそかいてんだねぇ」
屋敷の中で、同じ年の頃の者たちからも意気地なしと笑われ、避けられていた中で、その少女は唯一、普通の友に接するように話しかけてきた。
「そんなに泣いてたら、干からびて爺様みたいになっちゃいそう。なんだっけ、ああいうの外国の方ではみ、み?」
「朱里。爺様は確かにヨボヨボだけどミイラではないよ?」
変わった少女だった。家中において、同年代の中でも随一の才能と目され、それでいて性格は自由奔放で恐れを知らず、誰に対しても分け隔てなく接する事のできる、そんな子どもだ。
「朱里、妖怪と戦うのが怖くないの?」
その頃の自分にとって、彼女の行動は自分とは真逆、恐れを知らない勇気を持った強い人間のものだと思っていた。事実、彼女は大人達の仕事にもついて行っていたし、実戦の場で結果を出していたからだ。だから、尋ねた。しかし、少女はあっけらかんとした様子で言い放った。
「え、怖いに決まってんじゃん」
朝餉の席で、かじっていたたくあんを思わず口からこぼした事を覚えている。常に笑顔を絶やさず、泣いている所など見たこともなかった朱里から、そんな言葉を聞くなど、自分の耳を疑った。
「嘘じゃないよ。私をバケモノか何かだと思ってない? 私は、私にできることをしてるだけ、それがお役目だっていうから。それにね、嫌な事から逃げて、皆が傷つくのが嫌なの。悪さする奴らは放っておくわけにはいかないでしょ?」
彼女の事を本気で尊敬した。その頃の自分には、彼女の振る舞いはまるで正義のヒーローのように目に焼き付いた。
「何でだよ!」
土砂降りの雨の中、オレは雨音にかき消されないように、全力で吠えていた。その瞳から大粒の涙を流しながら。
「何で僕なんて庇ったんだ! 朱里、目が!」
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