壱 迷子の迷子の

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壱 迷子の迷子の

 五月下旬。  リラの通う大学の構内では、鳴子や大きな旗を持って踊る集団が見受けられるようになってきた。毎年六月に開かれる祭の準備をしているのだろう。リラの大学のチームは毎年そこそこな成績を残しており、このチームを目当てに入学を希望する者もいるという。しかしながら、チームを持ち、そこそこな成績を残す大学はいくつもある。どこの大学へ行くかは好みや学校の成績によるだろう。  練習を続ける学生を横目にリラが歩いていると、同じゼミの男子学生が廊下の向こう側から歩いてきた。リラに気が付くと、これは好機と言わんばかりに嬉しそうに近付いてくる。 「木山さんっ」 「おはよ」 「おはよう。ねえ、今日ゼミの後暇?」  若干チャラい印象のある彼のことがリラは苦手だった。就活に当たり髪を黒に戻したらしいが、以前の青と緑のメッシュのインパクトが強すぎるため逆に違和感を覚える者が多い。  ポケットに手を突っ込みながら男子学生はへらへらと笑っている。 「ゼミのみんなでライラック見に行こうって話してるんだけど、木山さんも来ない? えーと、今のところ参加は五人、かな」  男子学生はそう言って手を広げ、五本の指で五人を表現する。 「ごめん、今日は仕事が……」 「バイト?」 「うん、まあ、そう」  実際には既に正式スタッフ扱いでありバイトではないのだが、まだ在学中のためバイトということにしてある。男子学生はわざとらしく残念そうなリアクションを見せた。リラが若干引き気味に様子を見ていると、「仕事なら仕方ない」と言って彼は引き下がった。  男子学生と別れ、リラはスマートホンのメッセージアプリを開く。アーカーシャのグループ画面には、京都タワーの写真をアイコンにしている俊哉の『ライラック見に行こうよ!』が残されていた。  ゼミが終わると、リラは足早に大学を出て地下鉄に乗り、公園へ向かった。待ち合わせの場所ではジャケット姿の俊哉が手を振っていた。傍らには飛歌流の姿もある。 「こんにちは」 「やあ、リラさん」 「真白ちゃんと恭介さんは?」 「二人ならもう行ってしまいましたよ。真白さんが走って行ってしまったので、オーナーが追い駆けて行きました」 「ったく、あのやんちゃ娘め。オーナーが一人で走ってるみたいに見えるから追わせるようなことするなって何回言えば分かるんだろう」  足に自信がないためか、俊哉が追うつもりはないらしい。飛歌流が前方を指し示す。 「あちらに向かって行きましたので、僕達も行きましょう」  ライラックは札幌市の木に指定されている。街の中心部に位置し、東西に広がる巨大な公園には何本ものライラックが植えられており、この時期になるとイベントが催されるのである。花を見るだけでなく、道産食材を使った外国の料理を味わうことができたり、子供向けの体験コーナーがあったりする。  そして、リラ達の一番の目的はラーメンだった。同時開催されているラーメンのイベントで美味しい麺を啜る。それが今日の目的。  咲き乱れるライラックを見ながら歩いて行くと、ラーメンのブースに辿り着いた。恭介がくたびれた様子で手を上げて合図する。真白は元気いっぱいに飛び跳ねている。  肩から下げていた子供用の小さなポシェットを開け、真白は鞠を取り出した。物陰に移動してからぽんぽんとつくと、猫耳と二股の尻尾が消えて半袖短パンの姿になった。リラが最初に見た姿である。 「これね、不思議な鞠なんだぞ。これを使えばわたしも人に化けられるの。でも、少ししたら戻っちゃうし、短い間に何回も使うことはできないんだよね」  リラに対してはすぐに変化を解除したのだと真白はにやにや笑いながら言った。おそらく、車道に出た直後に姿を見えなくしたのだろう。  真白は恭介の足元にくっ付く。 「パパー! 真白、ラーメン食べたいぞ!」 「パパじゃない」  道内だけでなく、全国からもラーメン店が参加している。珍しい味の物もあるだろう。真白に引き摺られるようにして恭介が歩き出したため、リラ達も後を追った。 「釧路にも釧路ラーメンというものがあるんですよ」 「木山さんの出身、確か釧路でしたね」 「はい。札幌旭川函館ばかりが有名ですが、釧路のラーメンも……」 「室蘭もいいんじゃないか」 「あー、カレーでしたっけ。飛歌流さん達は食べたことあるんですか?」 「いえ、ありませんね」 「俺はオーナーと出掛けた時に食べたけど、ラーメンって何味でも美味しいんだなって思った」  真白に一人分では量が多いため、恭介は自分のラーメンを小鉢に分けて渡した。確かに仲良し親子に見えなくもないな、とリラは思った。  現在の状態で唯一姿の見えていない俊哉は、他の客に気が付かれないようにしながら飛歌流の丼から数本麺を貰っていた。 「美味しい……。何でもよく食べればこれからのアーカーシャのためになる。ラーメンを出すわけにはいかないけれど、食べた分だけ料理の知識になるよね」 「俊哉君は真面目ですよね」 「だから美味しいんですね、鶫さんの料理。……あっ、飛歌流さんのもとっても美味しいですよ」 「ふふ、ありがとうございます」  各々気に入ったラーメンを食し、数本交換してそれぞれの味を確かめた。 「あれ? 木山さんじゃない?」  背後からかけられた声にリラが振り向くと、同じゼミの学生が六人並んでいた。ミニスカート姿の女子学生が恭介と真白、飛歌流を順に見る。 「あっちは親子でしょ……? ……えっ、まさか、その長髪の人って木山さんの彼氏!?」 「マジで? 木山さん今日はバイトだって言ってたじゃん。デートかよ」 「ちっ、違う! 違うよ。この人と、こっちの……こっちの親子はバイト先の社員さんなの。これは仕事なの」  にやにやと笑っていた数人も、恭介が挨拶をすると納得したらしくおとなしくなった。幹事の男子学生は「お仕事頑張って!」と見た目のわりにかわいらしいジェスチャーを添えて言う。学生達が去って行くと、今度はその代わりに出現したかのように小さな男の子がやって来た。横切った男性とあわやぶつかるかというところだったが、男の子は男性の体をすり抜けてしまった。リラは目を丸くする。 「すり抜けた……。それにこの気配……」 「幽霊だね」  俊哉は席を立ち、男の子に目の高さを合わせるように屈んだ。 「こんにちは。君一人? どうしたのかな」  すると、男の子は俊哉のことを無視して歩を進め、飛歌流の長い髪を引っ張った。様子を気にしつつもラーメンを食べていた飛歌流はスープをこぼしそうになったがなんとか堪える。 「痛いっ」 「こら、駄目だよ飛歌流さんの尻尾を引っ張ったら」 「尻尾ではありませんけれどね!」 「離してあげてね」  俊哉が男の子を抱き上げるようにして飛歌流から引き離す。実際には触れていないのだが、視界を塞がれそうになったために俊哉の手の動きに合わせたのだろう。 「恭介さん、この子……どうします?」 「放っておくわけにはいかないよねえ、見付けちゃったし」  恭介はスープを飲み干して丼を置く。 「子供は不安定だから、悪霊になると厄介だ。アーカーシャへ連れて帰るしかないかな」  男の子の幽霊はしばらく手をぶらぶらさせていたが、ぱっと顔を上げると再び飛歌流の髪を引っ張った。引き剥がした俊哉は青褪めている。 「ねえ、お願いだからもうやめて。仏の顔も三度までって言うでしょ? 三回目はやらないでね。飛歌流さんもさすがに怒るから」  しかしそれは逆効果だったようで、男の子はいいことを聞いたと言わんばかりに口元を不気味に歪めた。次の機会を狙っているようである。  ラーメンを食べ終え、一同はアーカーシャへ向かう。鞠をぽんとついた真白は猫耳に二股の尻尾を持つ姿に戻っており、男の子と並んで歩いていた。 「真白だぞ! よろしくね! あなたは!?」 「……かっちゃん」 「かっちゃん! よろしく!」  普段アーカーシャにいると、同世代の子供に会うことは少ない。まるで新しい友達ができたかのように、真白はお客様に笑顔を向けた。     
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