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 何も覚えていない。  男は、目を細めて、外して置いてあった腕時計を見て、「ちぇっ。まだ、7時じゃないか。もう少し寝かせてくれよ。」と毒づいて、灯りのスイッチをオフにし、寝返りをうって再び眠るポーズに入る。  寝息が聞こえ始めるのをじっと待って、結衣花は、そろりとベッドを抜け出し、カーテンをほんの少し開けて、薄明かりの中でショーツから探し始める。無造作に散らばった下着をぼんやり眺めながら、ふと昨夜の激しい欲情を思い出した。  「抱いて、私を抱いて。」と連呼して自分で服を脱いでいた。そして、覆いかぶさってくる男の黒い影、奪われる唇、しゃぶりつかれる首筋、結衣花は次々に生々しい場面を思い出していく。のけぞった背中に昇りくる痺れるような快感。  でも、どうしてあんなに激しく求めたのだろう?  カーペットに放り投げられたように転がっていたハンドバッグを見つけて拾い上げ、中に財布とスマホが入っているのを確認した時、フラッシュ・バックのように亮介の楽しげに歩く姿が頭に浮かんだ。その隣に腕を組んで寄り添う佳須美の姿。  そうだ、あの二人、と思った瞬間、胃が喉元まで持ち上がってきて、吐きそうになり、なんとか堪える。いったん息を吸い込んで、そしてゆっくり吐いて、落ち着くために一人掛けのソファーに腰を下ろす。亮介と佳須美のツーショットが再び目に浮かぶ。二日酔いの理由は、失恋なのか嫉妬なのか、まだはっきりしない。ただ、不思議に心のダメージは重くないようだ。  とにかく、ここを抜け出すのが先決だ。パンプスの片方は手元にあるが、もう片方が無い。犬のように這いながら探して、ようやくベッドの下に隠れていたのを見つけた。  ストッキングはコンビニで買えるので、見つけるのは諦め、結衣花は、バッグを肩に掛け、靴を手に持って、そろりそろりと忍び足で音を立てずにその部屋を出て行った。
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