2.綺麗に死ぬために、今日を生きてる

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2.綺麗に死ぬために、今日を生きてる

 少女が豆粒みたいに小さくなったと思ったら、いつの間にか少女は自転車を漕ぐのを止めていた。  「……体力、ある……ね、部活何か、やってるの?」  息切れしながら言葉を吐き出すと少女は「バドミントンやってるし」と誇らしげに言った。  「で、自殺する気失せた?」  「見事に失せちゃったよ。どうしてくれるのさ」  冗談めかしく言うと少女は苦笑した。川の水面に満月が煌々と照らし出されている。少女は小首を傾げてから尋ねた。  「ところでどうしてお兄さんは死ぬの? 誰かにフラれた? 酒とタバコに溺れた? パチンコで失敗したとか?」  「君は汚い大人を見すぎだね……。死ぬのに特別な理由はないよ」  ――ただ疲れたから。人生という膨大で先の見えないステージの上から降りるだけだ。  「……お兄さんは詩人みたいだね……」  頭の上に「?」が沢山ある気がした。少女は眉間にシワを寄せている。  少し難しかったか、と聞くと「SNS上によく居るポエマーみたい」と言った。今度は僕が苦笑する番だった。  「君は生きているのに何か理由はあるかい?」  少女は目を瞑り、静かに頷く。  「へぇ、どんな理由?」  少女は走行する自動車の音にかき消されるような、小さな透き通る声で呟いた。  ――綺麗に死ぬために、今日を生きてる。  周辺の雑音が大きいはずなのに、少女の声は玲瓏で鮮明に聞こえた。少女の方がよっぽど詩人に見えた。  月夜の水面に映る少女が、どれだけ大人っぽく綺麗に見えたことか。  「……なかなか難しいね」  「そうかな?」  電車への飛び降りは確実だけど、ダイヤが乱れて大勢に迷惑をかける。  首吊りは生き残った時が大変だし、死んだ後の処理が面倒。  練炭もギロチンも有効だけど、用意するのが大変。  病気で苦しんで死んでいくのは費用がかかる。  「身内の目の前で死んだら葬式費用がかかる。綺麗に死んだわけでもない、納得して死んだわけでもないのに、そんな所に金を使ってほしくない」
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