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ペンの魔法は
才能ある人間を殺すのは簡単なことだよ。その翼をもいでしまえばいいのだからね。
凡人はもぎとる翼さえ持っていない。奪う価値のあるものさえないのさ。
でも天才の恐ろしいところは時に両翼を失くしてもふたたび飛ぶ者が稀にいるということでね。
俺はお前が、そうであることを祈っているよ。
旅人、タスラザンが最後に言い残したのはそんなことだった。
中年で、なおかつ自称魔法使いのその男は、魔法のペンとかいう私にはとても使い道の見つけられないようなものを託してこの砂の街を去った。
砂の街、と呼ばれるここが砂漠地帯の中継地として栄えはじめたのは遥か昔のことだ。
行き交う人はみな頭からすっぽりと大判の布をまとい、その乾いた暑さから我が身を守っている。
名物である産業の美しい染布は、少し先にたったひとつある大きな水源の賜物だ。
しかし人々の豊かさを示すそれらが何色なのかは、街を歩いてもわかりはしない。
黒いベールがすべてを隠し、その下で人知れず赤や黄色や眩しいブルーの衣装は踊っていた。
対して彼の服装といえば昔は白かったのであろう、黄ばんだ白の異国の装束だった。
とはいえ去りゆくその背が街で目立つことはなかった。
なぜならここは四方八方からの旅人が集まる砂漠のオアシス。
黒いベールを纏うのは砂漠に根を張る街の人間だけなのだから。
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