きみがいた。

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「……俺には、兄さんがいた。年の離れた兄さんが」  全てのきっかけは、まだ俺が小さかった頃のこと。  八歳年の離れた兄は、生まれたときから俺にとって絶対的に存在だった。とてもライバルになどなれない、完成された存在。イケメンで、勉強は中学でも一番で、スポーツは何をやらせても上手くて。そんな兄を俺は心から尊敬していたし、いつか兄のような素晴らしい人間になることが俺の目標でもあったのである。  友達も、ガールフレンドも選り取り緑だったはずだ。それでも兄はいつだって俺のために時間を取ってくれた。まだ幼い弟のために、他の友人達の用事よりも何よりも弟との約束を優先してくれていたのである。約束――それは、いつもの公園でサッカーをすること。ジュニアユースから声がかかるほどサッカーが上手かった兄。俺にとっては、これ以上ないコーチだったと言ってもいい。もちろん、腕前は比べるべくもなかったが。 「兄さんはなにもかも完璧で、俺の人生の目標だった。みんなが兄さんを尊敬していたし、父さんや母さんは自慢していた。俺にとっても自慢の兄だ。大好きだった。…ずっと、ずっと兄さんと一緒にいたかった。それなのに…」  それは、俺が六歳の時に――起きた。  あまりにもありふれた、それでいて取り返しのつかない事故。  明後日の方向に吹っ飛んだボールを追いかけて、道路に飛び出した俺を庇って――兄さんは、自動車にはねられた。兄さんの下半身は滅茶苦茶になっていて、呆然とする俺の前で痛い、痛いと泣いていた。そして。 『大丈夫、か、賢……』  痛くて痛くてたまらなかったはずなのに、どうして兄はそんなことを言ったのだろうか。そんなことが、言えたのだろうか。  あの時泣き叫ぶばかりで、何も返事も出来なかった自分自身を。今でも俺は――憎み続けている。
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