きみがいた。

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――…長い…。  段々と同じ作業にも飽きてきて、俺は一人でため息をついていた。  賢、というのが俺の名前だ。かしこい、と書いてケンと読む。あまり好きな名前ではなかった。今までの人生で、俺は一度たりとも“賢い選択”とやらができたことはない。いつだって行き当たりばったりで、その都度誰かを傷つけてばかりだ。正直、後悔しなかったことが殆どない。優秀で何につけても完璧だった兄さんとは大違いである。 ――…面倒だな…。  その俺は今、ひたすら階段を登り続けていた。いや、もしかしたら降りている、かもしれない。この場所では上下はぐちゃぐちゃで、何が空で地面なのかもよくわからないのだ。ただただ周囲には真っ黒な闇があって、俺はその中を貫く階段をただひたすら登り続けているのだった。気がつけばここにいて、足を動かしていたのである。理由はわからない。そうしなければならない、ということだけがわかっていた。――きっと、この果てない階段の先に待つのはろくでもない場所に違いないのだろうけど。 ――いや、もしかしたら…何処にも辿り着かないのかもなぁ…。  なんとなく、そんなことを思った。身体に不思議と疲れはないが、それでも同じ光景が延々と続く様はなかなかの恐怖であり苦痛でもある。そのうち精神的に疲弊してくることだろう。何処にも辿り着けず、永遠にこの階段を歩き続ける。考えるだけでぞっとする話だった。しかし、それも仕方ないのかもしれないと、そう思う自分がいるのも事実なのである。  何故なら俺は、生きていてはいけないから。  ならばきっとこれは、今までのうのうと生きてきた俺への罰に他ならないのだから。  何処に辿り着こうとも、何処にも辿り着けずとも――自分はそうしなければならない。これは課せられた義務。そこに疑問を挟む余地などないのだ。  だって。だって自分は――大切な人を二人も泣かせてしまったのだから。
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