きみがいた。

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「何で兄さんが死ななきゃいけなかったんだって、そう思った」  帰らぬ人となった兄の棺を呆然と見送ったあの日。  俺の、当たり前で幸せだった世界は――壊れた。 「何で兄さんの方が。…親戚がそう言っているのを聴いた。母さんや父さんは何も言わなかったけれど、そう思ってるのは明らかだった。だって、俺自身がそう思ってたから。…死ぬべきは兄さんじゃなくて、俺の方だったのに…どうして兄さんだったんだろうって、ずっと思っていた」 「でも、君を庇ったのはお兄さんの意思だったんだろう?」 「そうかもしれない。でも優しい兄さんは、小さな弟を目の前で見捨てることなんてきっと出来なかった。俺が…俺がちゃんと注意を向けていれば、俺が飛び出したりしなければこんなことにはならなかった。俺の世界を壊したのは俺だ。俺は自分の世界ばかりか…兄さんの世界も、父さんと母さんの世界も壊してしまったんだ」  悲しみに暮れる母は家事を怠りがちになり、その都度父と衝突するようになった。両親の喧嘩を毎日のように聞きながら賢は一人、布団に踞って謝り続けた。そんな日々は、両親が離婚するまで続いたのである。  兄を死なせる原因を作った弟を、母が引き取りたがらないのは当然のことだろう。経済力の問題もあってか、俺は父の方に引き取られたが――父も父で、無口で怖がりになった息子との接し方を考えあぐねている様子だった。疲れ果て、それでも家族のために仕事を続ける父の背を見て――ああ、と俺は確信したのである。  俺は、生きていてはいけなかったのだ、と。  自分の為になど生きる資格はない。いずれ、近いうちに――誰かの役に立つ形で死ぬのが自分の責任なのだと、そう思うようになったのである。  兄がそうして、自分を守ったように。 「俺は生きているべきじゃなかった。本当はもっと早く此処に来るべきだったのに。…頼む、此処を通してくれ。立ち止まっている時間が惜しいんだ」  俺がそう頼むと――少年は困ったように、首を傾げてみせた。
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