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「そう、ですよね」
まあ、そうだよな、と聞いてから思った。一緒に登校した雰囲気だといつもと変わらない感じだったから、本人は気付いていないのだろう。それに、君の記憶は少しずつ失われる、なんて言ったら、真雪はショックを受けるかもしれない。美冬さんたちがした選択はきっと正しい。
「ねえ、湊くん。真雪のこと、頼むね」
「え?」
「記憶がないと、多分不便だから。何も言わずにサポートしてあげて」
「はい、もちろん」
「ありがとう」
じゃあ、私は大学に行くから、と美冬さんは電話を切った。
ちょうど携帯電話をしまった頃に、プリントの束を抱えた真雪が教室に戻ってきた。
「先週、どんだけテストだったんだよ。四枚もあるぜ。全部解いて今週中に提出しろってさ」
真雪は面倒くせえなあ、と顔で言いながら席に座った。
僕はさっき言われたことをうっかり言わないように、にこっと笑ってみた。すると、笑ってんじゃねえよ、と言われただけだった。
何事もなく一日が過ぎた。一時間目から四時間目の授業を受け、昼食を食べ、五、六時間目の授業を受け、下校した。下校前に真雪は部室によって部員たちに挨拶をした。僕は外で待っていたのだが、部活はとりあえず一週間休ませてもらえることになったらしい。一週間の穴は結構大きいが、事故に遭ってすぐに部活に復帰するのは幾分ストレスになるだろう、とのことらしい。僕としては納得する反面、早く復帰した方がよいのではないか、という気持ちもあった。
――『毎日少しずつ記憶がなくなってるみたいなの』。
部活も忘れないうちに行ってほしい。忘れてしまったら、名誉も全部なくなってしまうから。
僕らはとりあえず普通に帰った。何でもないような話をして、十五分の道を歩き、十字路で別れた。その中で、事故のことは覚えているか、と聞いた。すると、
「何が何だか分からなかったけど、とりあえず痛くて、気付いたら病院で寝てた」
と返答された。気絶していたから、この答えで正解だろう。
僕は家に帰ってから、一人で考えていた。
もし、この記憶障害が治らないなら、彼は全部を――自分自身の存在さえも――忘れてしまうのではないか、と。
それはない、と頭を振る。これは事故のせいで発生した一時的な障害だ。いつかきっと治る。それまでゆっくり待てばいい。
僕は自分に言い聞かせるように、布団を頭からかぶった。
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