第3章 少しずつずれる日常

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 数か月後、僕はサッカー部に入部した。真雪に誘われたから、ではない。もちろん誘われたが、それが直接の理由ではない。単純に楽しそうだったからだ。今まで一人で遊ぶことが多かった僕は、みんなでグラウンドを駆け回る姿に心を惹かれた。  今までスポーツの経験がなかったので、練習は人よりずっと大変だった。ハードだし多いし、先輩は怖いし、見学したのが嘘のようだったけれど、同輩たちに支えられながら楽しい毎日を過ごせた。  しかし、そんな毎日が長く続くことはなかった。  あれは土曜日の練習だった。試合が近づいていた時期だったから、近くの中学と練習試合をすることになって、いつもとは違うグラウンドで練習をしていた。場所が違うだけでやることはいつもと変わらない。準備体操から始まって、ランニング、フットワーク、パス……一連の練習を終えると、練習試合が始まった。  実はこのときが初めての出場だった。さきも言ったが、僕はスポーツ経験がなく、運動神経もいい方とは言えない。真雪や他の新入生は少しずつ試合に出させてもらっていたのに、僕はずっとベンチで応援だった。だが、なぜ今回試合に出ているかというと、それはこの練習試合が新入生強化のために設けられたものだったからだ。今年の新入生は全員で七人、全員出ても四人も足りない。二十人もいたら出られないだろうが、運よく出られたというわけだ。  僕はとにかくボールを追いかけた。走るのは別に苦手じゃない。ボールだけを見てとにかく取る隙を窺った。 「こっち! こっちパス!」  たくさんの声が入り乱れる。その中でチームメイトだけの声を拾い、場所を考えた。  今は少し劣勢だ。自分のゴールが近い。どこかでカットしないと、逆転できない! 「へい、パス!」  敵の声が僕の後方から前方に流れた。  こっちに来る! 今しかない!  僕は頑張って一歩を踏み出した。このまま行けばちゃんとボールを阻止できる!――と自信を持ったそのときだった。  一瞬にして景色が変わった。緑色のグラウンドがあったはずなのに、目の前が真っ暗になって、気付くと青い空が視界を埋めていた。響く笛の音、こちらに寄ってくるざわめき、じんじんと痛くなる左脚――
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