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Ⅰ 草野
頭がぼんやりする。夢か現か判然としない。眠っていたのだろうか。って、いつからだ……。
は?眠っていた?まさか……。大変だ。なぜ?どうして?バスは?乗客は?
諸々のことが一瞬で頭をよぎり、飛び上がるように体を起こした。そして呆然とする。
「ここは、どこだ……?」
思わずそんな言葉が口からこぼれ出た。
私はバスの運転手だ。二十歳の頃からハンドルを握り今年で25年になる。1日たりとも休むことなく、私はただバスを走らせてきた。
駅前から郊外の住宅地までの道のり。それをあと一往復すれば今日の勤務は終わりのはずだった。なのに、ここはどこだ?
壁も地面も天井もすべてが白い。それが延々と続く空間。おそらく野球場くらいはあるのだろうが、すべてが白いために距離感が掴みにくい。だからもっと広いのかもしれないし、逆に狭いかもしれない。
人の気配に気付き、恐る恐る振り返った。床の上に人が倒れていた。その数……十人。おそらく私が運転するバスに乗っていた人たちだ。うつ伏せになっていて顔が見えない人もいるのだが、そのほとんどに見覚えがあった。
それらの人を順に起こしていく。
目を覚まし、周りの景色の異様さに呆然とする人、フラフラと歩き出す人、不機嫌そうに床に座ったままの人。
そんな中で一人の女性が私に声をかけてきた。
「運転手さん。ここはどこ?」
年の頃は三十代半ば、スーツの似合う綺麗な女性だった。
「わかりません」
私が首を振ると、彼女は明らかに不服そうな表情を浮かべる。
「解らないってどういうこと?バスを運転していたのはあなたでしょう」
「いいえ、私もたった今目を覚ましたんです。それで、みなさんを起こした次第で」
「目を覚ましたって、眠っていたってこと?」
女性の眉尻が見る見るつり上がる。
「運転手さん、あなた居眠り運転をしていたの?」
「とんでもない。違いますよ」
慌てて否定するものの、彼女は強気な態度で私を責める。
「でも言ったじゃないの。たった今目を覚ましたって。そもそもちゃんと運転していたなら、ここがどこだかわかるはずでしょう」
自分でも訳の分からない状況の上に理不尽な叱責を受けて困り果てていると、どこからともなく助け舟が現れた。
「まあまあ、まあ……」
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