第1章

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 緊迫した雰囲気を和ませようとしたのか、一人の老婦人が柔和な笑みを浮かべて手を挙げた。細身の体に白髪頭。上品なたたずまいの彼女は、みなの視線が自分に集まるのを待ってから口を開く。 「もし、犯罪に巻き込まれたのなら、ここに居るみんなが協力するべきだと思うのです」  その言葉は明らかに、私とスーツの女性と中年男性に向けられたものと思われた。傍から見ると我々三人のやり取りが険悪なものに映っていたのだろう。私は慌てて笑顔を浮かべると、こう提案した。 「それならまず、自己紹介をしませんか?協力するならお互いの名前くらいは知っておいた方がいいと思うのですが」  これには大半の人が頷いてくれた。それで総意を得たと判断し、真っ先に私から始めた。 「私は、見ての通り、バスの運転手をしております、草野と申します」  言い終えると中年サラリーマンが手を挙げる。 「私は村井。不動産関係の仕事をしています」  彼はそう言ってからスーツの女性を見る。その視線を受け、彼女は渋々と言う風に口を開いた。 「西川です。美容関係の会社を経営しております」  誰かが「おお」と驚きの声を上げた。会社を経営の部分に反応したのだろう。しかし彼女は涼しい顔でそれを無視した。  西川さんに続いて老婦人が手を挙げる。 「私は菅井と申します。81歳のおばあちゃんなので毎日お散歩して過ごしています」  81にしては若く見える。戦前生まれは元気だ。 「あ、えっと、伊藤と言います。県立北高校に通っています」  そう言ったのは菅井さんの後ろにいた学生服の男子だ。純朴そうな彼は顔を赤らめ、隣にいた男に視線を向けた。  それに小さく会釈して応えた男は、「あぁ……」と天然パーマの頭を無造作に掻きながら、 「大泉と申します。自営業、です」  彼がそういい終えると、すぐに隣の女の子がハイと手を挙げた。黒髪が清楚な印象を与える眼鏡女子だ。 「県立商業高校一年の中川です。よろしくお願いします」  そう言って大げさにも見えるお辞儀をした。その勢いでチェックのブレザースカートがふわりと揺れた。  彼女が顔を上げるのを待ってから、さらに隣の女性が口を開く。 「私は、飯島と申します。スーパーでパートをしています。それから……」  言いながら自分の足にしがみついている男の子の頭を撫でると、 「この子は息子の清四郎です」
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