プロローグ~始まりの物語

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 (あ、また濡れてる)  一人暮らしのマンションの一室で、ジーパンを手にしたまま項垂れる43歳の派遣社員。  金白友里の今一番の気がかりは歳と共に年々進行する体の衰え。思い返してみると40歳を超えた辺りから、自覚症状は始まっていた。  41歳の頃、隙間があった筈の両の太ももが磁石のようにくっ付いた。見た目は誤魔化せても歩けばはっきりとわかる、この足が擦れる感じが堪らなく嫌だった。  それと同時に体形の変化もスタートする。30歳に差しかかる頃からお腹がツチノコのように膨らんできたが、翌日になると跡形もなくなっていたのでその時は気にもとめていなかった。  それが、30代後半になると中々へこまなくなり……遂に42歳で完全なる妊婦体型の完成。  これも年を重ねた証拠なのだと受け入れようとしたが、電車の車内で優しそうなサラリーマンに席を譲られた時は、流石に恥ずかしくて死にそうになった。  極めつけが、現在進行形で頭を悩ませている……尿漏れ。  服装自由の会社でジーンズを着用することが多い友里が帰ってまず真っ先に取り掛かるのはそのジーンズの股の匂いを嗅ぐこと。そして自己嫌悪に陥る。  (前はこんなことなかったのに……)  確実に進む「老い」とそれに準じて行く自身の体。でも心だけがどうしても追い付かない、認めたくないと思ってしまう……アラフォーの悪あがきだ。  ファッションのポータルサイトを運営する会社で、社員のアシスタントをしている友里は、どこにでもいるただの派遣。  Excelが抜群に出来るわけでも、PowerPointが使いこなせるわけでも、ワードプレスに精通しているわけでもない。極々普通のスキルを持ち、誰にでも出来る業務を黙々とこなしている。  上司は女性でしかも同年代と知った時は凹みもしたけど、実力の差なんだと早々に諦めがついた。そもそも、何の努力もして来なかった自分に待遇の不満を申し立てる権利などある筈がない。  そして、嫌でも思い知らされる。  “私は選ばれた人間じゃない”  “何の目的もなく生きて、何も残さないまま死んでいく”  そんな風に思っていた……そう、あの日までは。
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