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ひざ小僧から血が滲んでいる。五郎はじくじくとした痛みをこらえて唇をかんだ。
村への帰り道を急いでいたときだった。川原の砂利道を走っていた五郎は何かに躓いて転んでしまった。丈の短い着物から伸びるやせた足は泥だらけで、ひざ小僧の傷口は血を滲ませてひどく傷む。
あたりに人の姿はない。手を差し伸べてくれる人はいない。
五郎はぐっとこぼれそうになる涙をこらえた。もう十になるのだ。怪我したぐらいで泣いちゃあいけない。そうは思っても痛いものは痛い。痛いし寂しいし、何よりもこんな自分が情けない。
こらえきれず、涙がこぼれそうになった、そのときだった。
「どうした?」
突然の声に驚いて顔をあげると、五郎のすぐそばに怪訝な顔をして五郎を見下ろす若い女がいた。
五郎より年上の十代後半ぐらいだろうか。その若い女はぼろの薄汚れた着物を身にまとい、小さな荷袋を背負って立っていた。
一体いつの間に現れたのだろうか。それまで人の気配なんてまったくなかったのに、まるでその場にふってわいたかのように現れた女に五郎は驚き、しばし呆然とその人を見つめていた。
その人はこのあたりでは珍しい色白の肌をしていた。痩せた細い体つきをしており、赤みの強い茶髪を腰まで伸ばし、一本の三つ編みにしている。気の強そうな目じりのつりあがった黒い瞳が五郎を見下ろしている。
「どうした?怪我したのか?」
気安い口調で尋ねられ五郎は涙を引っ込めてこくりと頷いた。女は背の荷物を地べたに下ろすと、五郎の前にひざをついた。
「見せてごらん。ああ、これは痛いな」
五郎の足の怪我を一目見て女はそう呟くと手を懐に忍ばせた。
薬を出してくれるのかと思いきや、次に手を出したとき彼女の手には何も持ってはいなかった。
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