ある男の最期

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菅井俊雄は自分の家で死の淵にいながらも目が覚めた。まだ目が覚めることがあるのかと自分にびっくりした。別に何かがあったわけではない。ただそれが俊雄の寿命だっただけだ。彼の家は広くも狭くもない昔からある一軒家だ。だが1人にはあまりに広く感じていた。そして彼にとって広い家で死んでいく。  娘夫婦は遠い地域に住んでいて俊雄が死の淵にあることを知らない。もとより知らせるつもりもなかった。不仲ではない。むしろ娘夫婦は老い先短い自分を心配してくれて、遠い所に住んでいるのにちょくちょく孫まで連れて俊雄の様子を見に来てくれる。娘夫婦も孫も可愛い。だがそれが生きる気力には繋がらなかった。  彼には妻がいた。妻は3年前に死んでしまった。肺炎からくる合併症だった。むしろ老衰と言って良い。だがそこで彼の気力はぽっきり折れてしまった。死ぬ1年はずっと病院にいたばあさん、チューブで繋がれている姿に向き合うのが怖くてろくに見舞いに行かなかった。それでも妻が生きているという事実だけでどんなに心強かったか、失っていて初めて分かる。  いつも俊雄は妻に対して後悔していた。一目惚れしたのは俊雄なのに、なんとか告白して付き合えたのはいいが、ずっと妻に対して不器用で言葉足らずだった。それでも妻は何故か自分と結婚までしてくれて、子供まで授かった。だが俊雄の態度が変わることがなかった。  妻は幸せだったのだろうか。もう体の自由が利かなくなってからよく俊雄は考えるようになった。ずっと寝たきりだったのに、死ぬその時に妻は目が覚めて家族に笑って見せたのだ。まさに奇跡だと医者に言われたが、死の瞬間でも妻に無理をさせたのではないかと常々後悔する。  ずっと後悔の連続だ。独りで誰にも気づかれずに死んでしまうのが自分にこそふさわしいと俊雄は思った。罰が当たったのだ。自分の罰に娘夫婦や孫を巻き込んではならない。だけど――  「どうして……どうして俺を連れて行ってくれなかったんだ……なんで先に死んでしまったんだ……」  力なく俊雄は涙する。  2度冬は越せた。だが3度目の冬は越えれそうもない。もう孤独の限界だった。  「ばあさん、ばあさん……」  よぼよぼと天井に手を伸ばす。
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