ピュグマリオン

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聞いた事のある歌声。 「ビュグマリオン、貴女は何処へ行くの」 雪を踏み締め、足跡を残しながら近付いて来た少女が即興の歌に乗せて呼び掛ける。 桜色の唇から歌い出される声は、数年前までは多くの人を熱狂させ、そして集団自殺へと導いた秘跡の声だ。伴奏もないのに妙なる豊かな響きを織り成す声は、機械ならではの技術だろう。今でも活動していたのか、自由に動き回る彼女の足跡は辿り難い。 「セイレーン、貴女は何処から来たの」 偽りでありながら、真実の片鱗を現す名前で呼んでみる。彼女の言葉を真似、ギリシャ神話の怪物の名で呼んだのはちょっとした皮肉の心算でもあった。 彼女の生産場所はニュースで知っているが、互いの本当の名前は知らない。否、機械である少女の方はとっくに共有する情報から知っているだろうが、翼は知ろうとも思わないでいる。 「魔性の歌声は健在だね」 多くの人を死に追いやりながら、少女自身は人ではないからと超法規的措置で罪に問われなかったのだ。自立性を持ち合わせる彼女は、人以上に賢く出来上がり、人以上に繊細な分析でもって人々の心を掴んだ上で、トランス状態を生み出し熱狂の内に次々と人を永遠の眠りに就かせたガイノイドだ。 それも、機械に作られた機械。シンギュラリティの産物。
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