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殺人機械だと危険性を声高に叫び、彼女を壊そうと追う人が存在する事実を翼は知っている。
それ以上に救済の女神だと崇められて来たのだとも。
死を恐れ、それを自らの手で己の身に下せない人にとっては丁度良い熱狂の対象。
恐怖に蹲り怯え震えるよりも、恍惚の忘我状態の死を選んだ者には慈愛あふれる死神だ。
「今の時代には少し珍しい人の所に泊まらせて貰っているんだ」
「人? 機械ではないのね。確かに珍しいわ」
翼はその人達の名前を告げようとして、自分がそれを知らないと思い当たった。他者に興味を強く抱かなくなった今、大切な人の名前以外を覚え様とする者は少なくて。
だから先程、セイレーンが自分をギリシャ神話の登場人物になぞらえて呼んだ点を踏まえ言葉を変えた。
一つの見方として、セイレーンは完璧な神の如き存在だからこそ、迎え入れるならば相応しいと思う名を神話の中から選び出し。
「僕が仇名を付けるなら、バウキスさんとピレモンさん」
基本的に名前よりも、お婆ちゃん、お爺ちゃんと呼ばれ慕われている老夫婦。
流れに任せ、身を寄せた翼も夫婦をそう呼び、互いに名乗ってもいない。
「今まで一度もね、聞いた事が無いから本当の名は知らないんだ」
続けて一呼吸置き、ささやかな願いを悪戯っぽい響きと共に繰り出す。
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