バウキス・ピレモン

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小さな不安と、異様な雰囲気に呑まれながら周りを慎重に伺えば、隣の見知らぬ人は熱っぽく同じ年頃の少女と語り続けている。彼女達は、興奮や熱狂、歓喜を隠しもしない。左側の人も、後ろも、前方の人も。 母も同じなのだろうと翼は感じていた。自分だけ運良くステージ前に取れたナンバーチケットを握り締め、我が子を置き去りにその場所へ向かっただろう母は。 一瞬の幻視が、今の翼の目に重なる。全ての憂いから解放されたかの様にはしゃいでいた母の横顔と、あの女性の横顔が。そして脳内にリアルさを持って響く声。 「良いお母さんをね、演じてた」 更にそこへ、現実の響きが重なる。 乱舞するドローンの灯り。 青味を帯びた光は警告を表す赤の点滅に。 軽い擦過音。続く破壊の音と、消え去る光。 暗さを増す地上と、反対に仄白く明るい夜空。 闇の中に浮かぶのは、闇より暗い表情の影が一つ。 わずかの間に距離を詰められていた。 「3D印刷で作ったのかしら。とても正確に撃ち落とすのね」 手元に握られる、小型の銃に向けての質問は愚問か時間稼ぎか。
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