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「その人は、君を恋人だと認めていたの」
嗚咽にも似た声に応えたのは、セイレーンではなく。
冷ややかな問い掛けに、男の視線が鋭く翼を捕捉する。
「君一人の思い込みじゃないの。心の底にある苦しみを吐き出せない相手を、恋人だと呼ぶなんて僕は思わない」
澱む事なく続く言葉は、最も冷たい問い掛けを男に投げ付けた。
「君こそ、彼女を所有物扱いして苦しめていたんじゃないの」
見開かれた目が翼を凝視し、わずかに戸惑いを現すも、憎悪の感情が上書きされ瞳が血走って行く。
そんな考えは持たなかったと分かり、そして男が恋人を一方的に支配していたのだと分かる叫びが夜の帳を突き破った。
「煩いっ。あいつは俺のものだ。誰にも奪われたくなかったんだっ」
暴れ、藻掻き、セイレーンの静止を振り切ろうとするも人の力では敵わない。淡々と翼の声だけが雪上に響き渡る。
「僕もその機械に母親を奪われたよ」
「憎めよ、だったらっ」
「憎めない。母は、不安を忘れ幸せに逝けたから」
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