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翼にして見れば、思い遣りの欠けた叫びでしかなくて。
彼は、彼女の気持ちを語ろうとしないから。
「分かったよ。君は、椎さんの心を知らないんだ」
冷たい。
自らもそう思いながら、唇は刃と化した言葉を投げ付ける。
怒りがある。どうしても湧き上がる憎悪が、嫌悪が、言葉の選択を鋭くする。
何故この人は、僕よりも年上なのに子供染みた行動をするのかと。
名前を知らない老夫婦の顔が浮かぶ。
優しく柔和な表情のお婆ちゃんと、一見、無表情に厳しげな顔をしながら、語れば相好を崩し人好きな笑顔を見せるお爺ちゃんの顔。
最後の時が近い今、人に奉仕できる事が幸せだと笑う二人を。
あの二人程に、誰かを思い遣れる人を翼は知らない。
些細な仕草、目線一つ、表情の動き、声色。言葉の間にある空気を読み取り、誰よりも細やかに心を尽くしてくれる老夫婦。
あれ程自然に人を思い遣れる人が居るのに、どうしてこの目の前の男は自分の心だけを語り大切だと言う恋人の事は語れないのか。
不意に、何かの折れる音がした。
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