カストルとポルックス

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出掛ける前に言われた言葉。 白に覆われ、宵闇の黒と、息づくものの少ない冬の世界に紫苑は何を思ったのだろう。 無味乾燥な想いを、抱き続けていたのではないか。 彼女は、常に笑おうとしていた。 周りの人が、一人二人と姿を消して行く中でも常に。 それとも、それはティオの推測が間違っているのだろうか。 今、腕の中にある紫苑の微笑みは美しい。 けれど、今のティオにはその微笑みの意味が正しく推測出来ない。 鼓動を止めた心臓。何のパルスも発しない脳波。残る温もりを、冷たい外気に奪い去られて行くだけの肉体。 もう、けして動かない彼女。 データの収集を過去から行い、満足したのだと判断を下す事は出来るのに、今ここにある紫苑からの情報だけでは正しい判断は下せないとティオは答えを弾き出していた。 笑わないから、語らないから。 変化しない情報は、ただそこに在るだけの虚像でしかないと。 「紫苑、紫苑。ねえ、紫苑。後少し、終わりの時まで一緒にいて」 人を真似、恋人の様に耳元へと、電気の信号が形作る唇を寄せて音を発する。
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