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それだけで、だからこそ、この何処かくたびれた人が、何を思って過ごしていたかと翼は考えを巡らしてしまう。ぎこちなく生きて来たのだろうと、周りの人に悟られたくなくて慎重に。
自身も歪な為に、翼のぎこちなさにも気付いた女性。
翼の母より一回り以上年上で、どこかアンバランスな部分を持ち合わせていながら、しっかりと仕事をこなしていた不思議な女性。
彼女は、だれもが秘密にしたくなる事実を余りに普通に語った。
普通の、普段の何でもない日常の様に。
否、あの人には日常だった当たり前で、その果てに起こった事実。
変え様のない現実。
口にさえしなければ、誰も追及しようとも思わない残酷さの混じる過去を話したのは何故なのだろう。リミットの近い世界。残された時間の中で懺悔をしたかったのだろうか。
あの人に取っては普通だったからなのか。
それが基準だからだろうか。
誰もが一度しか生きられないのだから。
翼は去年の記憶から浮上し、手を精一杯に伸ばして空に浮かぶシンソウ・カノジョの手に触れ様とする。けして触れられない偽りの腕に。幻想の真実を掴む為に。
もしかしたら、隣に座る自分が家出するのを防ごうとしていたのかもと思いつつ。
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