プロローグ

2/6
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 吉川夏実は高校の土曜の午前授業が終了すると、友人達と別れの挨拶をして、そのまま自宅に帰った。リビングのテーブルに用意されていた昼食を食べ終わると、すぐに階段を上がって自室に入る。  彼女は自室の学習机の前までくると、鞄を学習机の上に置いて、そのまま制服を着替えることなく椅子に座る。鞄から机の上に教科書とノートと筆箱を取り出した。  そして、教科書と授業用のノートを広げて、その内容を見ながら、新たにテスト対策用のB5サイズのB罫の大学ノートにシャーペンでポイントをまとめながら書き込みをする。時折、カチャカチャと音を立てて、筆箱の中にあるペンを探しだし、見やすいようにマーカーを引いていく。  彼女の口は、学習した内容を記憶に残すために、書き込む手を休めないまま時折動いて、学習内容をぶつぶつと呟き続けている。  彼女のその姿は、受験を目前に控える真面目な生徒らしく見えることだろう。しかし、自宅で学習するときの彼女の心は、常に同じ大学を志望しているライバルへの敵愾心にまみれていた。  その原因は、受験勉強によるストレスと彼女自身の成績が伸びないことに対する焦り、そして彼女元来の性格にも由来していた。  吉川夏実は、負けず嫌いだ。  しかし彼女は、成長するにつれて様々な人と出会う内に自分以外の考え方を知ることや、幅広い年代の人と関わりによってその性格を表に出すことで生じる不利益を知った。  今の彼女を知る人は、負けず嫌いな性格だと聞くと驚くほどに、彼女はその性格を作った笑顔で覆い隠して、口を閉ざすことが出来るようになった。  しかし、彼女は成績に対する負けず嫌いの精神だけは、周囲に称賛される形で受け入れられることに気づいた。  従って、その性格を遺憾なく発揮できるものとして学習を行うことが出来るようになり、常に学習へのモチベーションを高くして日々勤しんでいた。  勿論、彼女も他の友人達のように思春期特有の恋愛に興じてみることにも興味がなかったわけではない。学校で、訳知り顔で恋愛について語る同級生達を内心羨んだり、妬んだりも当然のようにしていた。  しかし、彼女は負けず嫌いの自分の性格を宥めるための学習の時間は、確保を常にしておきたかった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!