0人が本棚に入れています
本棚に追加
「普段、普通に暮らしてると、あんま感情剥き出しにしたりされたりってことないじゃん。激しい感情を表に出すのはみっともないし、恥ずかしいから。それが、赤の他人からあからさまな怒りとか負の感情をぶつけられるって、ちょっと空気が変わるというか、いつもの日常から浮いた感じになってスリリングなんだよな」
冗談にしては、解説が長すぎた。梶野は本気だ。そして彼は…。
「変人?」
「さっき、そう自己申告したけど」
急に喉の渇きを感じた千晶は、うっかり握っていたジョッキのハイボールを水のようにゴクゴク飲んでしまった。おかげで咽ることとなり、隣に座る梶野に背中をさすられた。考えすぎとは思いつつ、ただの同窓生に触られるのとは微妙に異なる感覚になった。
「はぁ…。大丈夫、もう大丈夫だから」
「驚いた?」
「いや、そんなことないけど…。あぁでも、」
千晶は今度は間違えずにグラスの水を飲み下し、気持ちを落ち着けてから言った。
「怒りたい人がいて、怒られたい人がいて…需要と供給が合うってことはいいんじゃない」
そして、世間には怒りたい人は多くても、怒られたい人は少ない。そう考えると、梶野の出世は当然のことに思われた。
「でも、それももう、終わりかな。異動の話が出てるし」
「そうなの…」
「課長にならないかって」
「ん?良かったじゃん」
同情モードに入りかけていた千晶は、肩透かしを喰らった。
「良くないよ。たたでさえ怒られたり叱られたりの機会が少なくなってるのに、これ以上、上の役職いったら自分が叱る立場になって、ますます人から怒られなくなる…」
これは、梶野なりの悩みなのだろうか。だとしたら、千晶には理解のできない悩みだった。
「…出世するの、嫌なの?」
「収入が増えるのは単純に嬉しいけどね。やりがいは減るなぁ。結局、前の会社もそれで辞めちゃったし」
中途採用で現在課長代理。同情よりも嫉妬が先立つ千晶だった。
「昇進すればするほど、客や上司に謝るより、部下に注意することが求められちゃって…。でも、転職は避けたいんだよな。やりがい云々以上に、今と将来の生活費稼ぐことが大事だから」
色々違いはあり過ぎるが、後ろの一文だけは、千晶の今現在の心持ちに近かった。
最初のコメントを投稿しよう!