夢でしか会えないあなた

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「ねぇ、お父さん。」十八歳になった娘は愛猫をあぐらの上に乗せて、庭を眺めている父親に話しかけた。しかし父親は音が聞こえづらくなってきていて気が付いていない。彼女が再びもう一度先程よりも大きな声で呼びかけ、ようやく気づいてくれたのだった。彼女の父親は高齢であった。若かりし頃の凛々しさも、風格もとうに失われていた。彼女が生まれた時、彼は還暦を五年過ぎていて、前妻が作った借金をようやく返済し終えた頃であったのだ。彼女は日々老いていく父親との他愛のない時間を大切にしていた。この日は彼女の知らない時間の父親の事を聞いていた。 「お父さんの若かった頃はどんな感じだったの?」 「ああ、ワシの若かった頃はかっこよかったんだぜ。何せよく和製ディームス・ジェーンと呼ばれたもんだ。」 「その人を知らないよ…。」 「きっとお前も惚れちゃうぞー。」 「ハハハ、そうなんだ。ちょと見て見たいなぁ。だってお父さん私が産まれるまではグネス記録級の黒歴史だとか言って写真もデータも全然残ってないんだもん。」 「ああ、そうだよ。オレの人生はお前が産まれてからの、六十五歳から始まったんだ。」 「見て見たかったなー、若くてカッコよかった頃のお父さんを。」しばらくの沈黙の後、愛娘はおもむろに口を開いた。 「そうだ、夢でなら若かりし頃のカッコいいお父さんに会えるかな?」老人は最愛の娘のその言葉に古い記憶を思い出したような気がしたが、それが一体どのような事柄だったかが全く思い出せないのであった。
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