20人が本棚に入れています
本棚に追加
/78ページ
しかしツボミは、
「――前髪が」
「え?」
前髪が決まらなくて、洗面所を占領したとか、そういう話だろうか。
「パパの前髪がうっとおしくってさ。だから切れって言うのに、切らないって言い張るから、ハサミ持って追い回した」
「……え?」
「なのにパパったら、『それはキッチンバサミだから落ち着け』なんて、どうでもいいことで誤魔化そうとしやがって」
「いやツボミ。それはどうでもいいことじゃない」
キッチンバサミで人の髪を切ろうとするツボミもツボミだが、朝からハサミを握った娘に追い回される父親も父親だ。
なかなかシュールな絵面。
「あの野郎がおとなしく髪を切らせてくれれば、朝ご飯もゆっくり食えたんだよ」
ツボミは悔しそうに言うが、
「パパのことを、あの野郎なんて言うもんじゃないわ」
めずらしく優子がまともなことを言う。
「それにハサミなんか振り回しちゃ危ないわよ。あれだって立派な凶器なんだから」
クルンとカールした睫の奥の瞳が、何故だか光って見えたのは、沙羅の気のせいだろうか?
少し雰囲気が変わった優子に、しかしツボミはまったく気がつく様子もなく、
「うん、その通りだ。実はその後、ハサミが手からすっぽ抜けちゃってさ。どこかへ飛んでって、それで朝から探すのにひと苦労した」
「それはあんたが悪いわよツボミ」
思わず沙羅は注意して、ツボミにやる予定だった残りのカツサンドをパクッと食べてしまう。
「ああー」
ツボミはとたんに残念そうに唸るが、誰が聞いてもハサミをすっ飛ばすほど振り回す方が悪い。
優子まで、
「そうそうダイエットは一日にしてならず」
残りの弁当をさっさと口の中にかき込んだ。
ツボミは、
「冷てぇよぉ沙羅も優子もぉ」
泣きそうな声で言うが、朝からくだらないことでケンカが出来るツボミ親子が、沙羅は少しうらやましく思う。
最初のコメントを投稿しよう!