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クチナシ
耳にうっすら届く程度のバイオリンのBGMに、人々の笑いさざめく声。
そんな中に時折甲高い歓声と拍手が混じるのは、ダーツの矢が見事に中央を貫いたからだ。
ギャンブルが合法のこの船の中では、パーティ会場で賭けダーツが賑やかに行われている。
「本当にここに城田がいるのかよ」
ツボミは小林の耳元に、ふいに唇を近づけて言った。
すぐ側でバニー姿のウエイトレスが耳を向けているからだが、ツボミの甘やかな吐息に、小林はちょっとドギマギする。
しかしすぐに我に返ると、ブルッとひとつ身震い。
「……いないことを願ってるよ」
ツボミの肩を押して距離を図る。
「確認したら、さっさと船を降りよう」
クイーン・セレーネ号には、ツボミが乗ると真っ先に手をあげた。
優子は早々に辞退したし、沙羅では城田に逃げられてしまうかもしれない。
それでツボミの意見に誰も反対できなかったのだが、もちろんひとりで乗船させるわけにもいかず、山田、田中、小林の誰かがツボミのパートナーになることになった。
「オレはムリ。入り口で追い返されるのがオチ」
というのは金髪鳥頭の山田。
体格的にもボディガードに見えるだろう田中は、
「……服が無ぇ」
夜のパーティだからブラックタイと指定がある。
スーツならいざ知らず、タキシードなんて服は優子の家にしかない。
借りるにしても、優子の父親と田中では体格が違いすぎた。
というわけで、小林が行くことになったのだが、
「役得じゃん。美味ぇもん食ってこいよ」
山田には冷かされるが、実のところ食事どころではない。
辺りは、頭が痛くなるほどの香水の臭いが充満しているし、そして何よりツボミが近い。
腕にギュウッとくっついてくる、その胸はヤバい。
そしていつもと違って、ツボミはちょっと綺麗すぎる。
肩を大胆に出したデザインのドレスに、キラキラと光るアクセサリー。
でもその宝石よりツボミの方が光って見えるのは何故だ。
だけど、うっかり見惚れてはいけない。
なぜなら小林の体には盗聴器、そして耳にはイヤホン。
「……」
さっきから不気味な無言を貫いて、ただ向こう側に気配だけがする。
「……」
イヤホンの先に待機しているのは、ツボミの父親のシンだ。
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