クチナシ

1/9
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/78ページ

クチナシ

耳にうっすら届く程度のバイオリンのBGMに、人々の笑いさざめく声。 そんな中に時折甲高い歓声と拍手が混じるのは、ダーツの矢が見事に中央を貫いたからだ。 ギャンブルが合法のこの船の中では、パーティ会場で賭けダーツが賑やかに行われている。 「本当にここに城田がいるのかよ」 ツボミは小林の耳元に、ふいに唇を近づけて言った。 すぐ側でバニー姿のウエイトレスが耳を向けているからだが、ツボミの甘やかな吐息に、小林はちょっとドギマギする。 しかしすぐに我に返ると、ブルッとひとつ身震い。 「……いないことを願ってるよ」 ツボミの肩を押して距離を図る。 「確認したら、さっさと船を降りよう」 クイーン・セレーネ号には、ツボミが乗ると真っ先に手をあげた。 優子は早々に辞退したし、沙羅では城田に逃げられてしまうかもしれない。 それでツボミの意見に誰も反対できなかったのだが、もちろんひとりで乗船させるわけにもいかず、山田、田中、小林の誰かがツボミのパートナーになることになった。 「オレはムリ。入り口で追い返されるのがオチ」 というのは金髪鳥頭の山田。 体格的にもボディガードに見えるだろう田中は、 「……服が無ぇ」 夜のパーティだからブラックタイと指定がある。 スーツならいざ知らず、タキシードなんて服は優子の家にしかない。 借りるにしても、優子の父親と田中では体格が違いすぎた。 というわけで、小林が行くことになったのだが、 「役得じゃん。美味ぇもん食ってこいよ」 山田には冷かされるが、実のところ食事どころではない。 辺りは、頭が痛くなるほどの香水の臭いが充満しているし、そして何よりツボミが近い。 腕にギュウッとくっついてくる、その胸はヤバい。 そしていつもと違って、ツボミはちょっと綺麗すぎる。 肩を大胆に出したデザインのドレスに、キラキラと光るアクセサリー。 でもその宝石よりツボミの方が光って見えるのは何故だ。 だけど、うっかり見惚れてはいけない。 なぜなら小林の体には盗聴器、そして耳にはイヤホン。 「……」 さっきから不気味な無言を貫いて、ただ向こう側に気配だけがする。 「……」 イヤホンの先に待機しているのは、ツボミの父親のシンだ。
/78ページ

最初のコメントを投稿しよう!