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そういうわけだから、と前置きをして、私は男の横顔をちらりと窺う。
「町に着いたら、2人きりのとき以外、虹男の名前は出さないでよね。あんまり好きこのんで話題にするようなことじゃあないんだから」
「二十一世紀にそんな迷信を本気で信じてるなんて、田舎町って怖いですね」
年下のくせに、こういうときの陶山はとても大人びて見えた。携帯ゲームに夢中になって、こちらを見ようともせずに話し続けるその姿はおおよそ社会人とは思えなかったが、言っていることは世間一般論と相違ない。
しかし、そうとわかっていても生まれ育った故郷は無条件で愛着のあるものである。新幹線の窓から晴れた午後の空を眺めながら、私はあからさまに唇を尖らせて抗議していた。
「そりゃあたしかに周りは山しかないようなド田舎だけど……かわいくない! あんたもマネージャーなら、少しは私の味方をするべきじゃない?」
「そうするべきときはそうしますよ、仕事ですから」
「そういう言い方がかわいくないって言ってるの! ゲームオタクの童貞マネージャーが、一時的とはいえ人気アイドルの実家に行けて、しかも恋人ごっこまで出来るのよ? 少しはうかれて見せたらどうなの!」
「童貞じゃないです。それに、もう2年も曲出してないんだから、アイドルというよりはバラドルですよ。恋人ごっこだって、取材だってことがご家族にバレないようにするためのカモフラージュでしょう? うかれる理由が見当たりませんね」
「オタクは否定しないんだ?」
「外泊用に充電器の予備を2台持っていくのが、やりすぎだという自覚はあるので。でも童貞ではないです」
相変わらずこちらを見ようともしない陶山のカバンを堂々と覗きこむと、たしかに同型の色違いのものが2つ入っていた。それを見た私があからさまにバカにした顔をしてみせても、ゲーム画面に夢中の彼はまったく気づく気配もない。
面白くない、と思った私は自分のバックに手を入れると、ツイッターのタイムラインをぼんやりと眺めることにした。
「ちなみに、もし取材だってバレたり、鳴海さん以外の町の人の前で虹男の話題を出したりしたら、どうなるんですか?」
「説教で済めばいい方ね」
「最悪、拉致されて裏山に埋められるとか?」
「あんた人の故郷をなんだと思ってるのよ」
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