本屋が潰れるとクーデターが起きる

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本屋が潰れるとクーデターが起きる

 本屋が潰れるととクーデターが起きる、そんな言い伝えがある。     島津は本屋を監視することにした。  本棚がカタカタ揺れた。  テレビをつけたが『緊急地震速報』は表示されなかった。 「ポルターガイストかな?」  蟹目さんが言った。  白髪のボーボー頭、右目が潰れていてお岩さんみたいだ。 「島津君は秋森さんって知ってるかね?」 「いいえ」  秋森家というのは、吉田雄太郎君のいるN町のアパートのすぐ西隣にある相当に宏い南向きの屋敷であるが、それは随分と古めかしいもので処まんだらにウメノキゴケの生えた灰色の甍は、アパートのどの窓からも殆んど覗う事の出来ない程に鬱蒼たる櫟や赤樫の雑木林にむっちりと包まれ、そしてその古屋敷の周囲は、ここばかりは今年の冬に新しく改修されたたっぷり一丈はあろうと思われる高い頑丈な石塀にケバケバしくとりまかれていた。屋敷の表はアパートの前を東西に通ずる閑静な六間道路を隔てて約三百坪程の東西に細長い空地があり、雑草に荒らされたその空地の南は、白い石を切り断ったような十数丈の断崖になっていた。  吉田雄太郎君は此処へ越して来た時から、この秋森家の古屋敷に何故か軽い興味を覚えていた。雄太郎君の抱いた興味というのは、只この屋敷の外貌についてだけではなく、主としてこの古屋敷に住む秋森家の家族を中心としてのものであった。全く、雄太郎君がこのアパートへ越して来てからもう殆んど半歳になるのだが、時たま裏通りに面した石塀の西の端にある勝手口で女中らしい若い女を見かけた以外には、まだ一度も秋森家の家族らしき者を見たこともなければ、またその古びた高い木の門の開かれたことをさえ見たことはなかった。要するに秋森家の家族というのは陰鬱で交際がなく、雄太郎君の考えに従えば、まるで世間から忘れられたように、この山の手の静かな丘の上に置き捨てられていたのだった。尤も時たま耳にした人の噂によれば、なんでもこの秋森家の主人というのはもう六十を越した老人で、家族と云えばこの老主人とまだ独身でいる二人の息子との三人で、これに中年の差配人とその妻の家政婦、並びに一二名の女中を加えたものがこの宏い屋敷の中で暮しているということだった。が、そんな報告をした人でさえ、その老主人と二人の息子を見たことはないと云っている。ところが、突然この秋森家を舞台にして、至極不可解きわまる奇怪な事件が持ちあがった。
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