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普通に歩けばすぐに沙耶に追いつきそうになるため、詠太はわざとゆっくりと歩を進めて、沙耶との距離を保った。追い付いてしまえばなんとなく無視もできないし、かといって、話しかけることも躊躇われる。
こっちがこんなに気を使ってること、あっちは知らないんだろうなぁ、とため息が漏れた。
だが、そんな気遣いも虚しく、詠太がバス停に着いた時にもまだ沙耶はいた。しかも、バスが行ってしまった直後だったのか、他に待つ人もなく、二人だけになってしまった。
沙耶から若干離れた場所で足を止め、どうしたものかと考える。こんなふうに二人きりになってしまったのは初めてだ。
話しかけてみるか? でもどんなふうに? そもそも、話題がない……が。
「あ」
詠太はあることに気付き、沙耶に近付いた。ちょっと緊急事態だ。話しかけ辛いとか思っている場合じゃない。
「倉本」
詠太が声をかけると、沙耶がビクリと肩を震わせて振り返った。
「?」
明らかに警戒したような目で詠太を見返す沙耶に、詠太は頭上を指差した。
「烏がいる。――やばいかも」
「え?」
沙耶は驚いたように頭上を見上げ、数歩後ろに下がった。
沙耶が立っていた場所は、歩道の桜の木の下だった。その枝にカラスが止まっていることに詠太は気付いたのだ。ほぼ沙耶の真上。そして、彼女の足元には複数のフンの跡。
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