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詠太は沙耶の背中をぼんやりと眺める。これまで何度も見かけた後ろ姿だ。
華奢な背中だ。詠太自身も男子の中では大きな方ではなく、沙耶とは身長も十センチ程しか違わなそうなのに、自分とは全然違うと感じる。細い肩のラインに、妙にしみじみと「女の子だなぁ」などと感じてしまった。
「なぁ」
気が付けばそう声をかけていた。詠太はそんな自分に驚いたが、声かけられた沙耶はそれ以上に驚いたようだった。
「な、何、でしょう?」
ビクリと肩を震わせて後ろを振り返った沙耶の目は、驚きと警戒を顕わにしていた。
詠太は慌てて話題を探した。
「え、えーと……あ、そ、それ! そのキーホルダーさ!」
鞄の横に付けられている、小さな瓢箪型のキーホルダーを指差した。
「な、なんていうか、ずいぶん渋いな。地味、っていうか――あ、いや、その――」
自分の考えなしの発言に頭を抱えたくなった。
女の子の持ち物に地味はないだろうと思いながらフォローの言葉を探すが、なかなか見つからない。
沙耶は何度か瞬きをして、一人あたふたする詠太を見返していたが、不意に、それまで硬かった表情を緩めて言った。
「私、地味なのが好きなんです」
「えっ、そ、そうなの? ――あ!」
詠太はようやくフォローできそうな言葉を見つけた。
「それさ、よく見るとなんか味があって可愛いかも!」
「――可愛くはないと思いますけど」
沙耶の口元が微かに綻んだようだった。
それに気づいて詠太が目を瞠った時には、沙耶は再び前を向いてしまっていた。
今、この子笑った?
それを確かめたくて、詠太が再度話しかけようした時、二人が乗るバスがやって来た。
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