5人が本棚に入れています
本棚に追加
「倉本」
そっと声をかけてみた。特に用があったわけではない。もし聞こえていなければそれでいいかと思ったが、沙耶の耳にはその呼び掛けがちゃんと届いたようだった。無言ながら、沙耶が詠太の方へ顔を向けた。
まともに目が合う。その拍子に、詠太の心臓がトクンと跳ねた。
「あ、あの、さ」
予期しない動悸に戸惑いながら、詠太は慌てて話題を探した。
「倉本って、オレの名前知ってる、かな?」
「え……」
数秒の後、小さな返事が返ってきた。
「……新見くん。新見、詠太くん」
「あ、知ってた?」
沙耶は困ったような目で詠太を見返した。
「私だってクラスメイトの名前ぐらい憶えてます」
「ま、まあ、そうだよな。失礼失礼」
ハハハと笑う詠太に、沙耶はつられたように口許を綻ばせた。控えめだが、ちゃんとした笑顔だ。
詠太は思わず目を丸くした。
八重歯がのぞくその笑顔は、思いがけなく可愛かった。
心臓が、さらに鼓動を早める。
沙耶がまともに会話をしてくれていることが嬉しかった。
拒否されていない。
最初のコメントを投稿しよう!